18.マキナ



「もうもう信じらんない!」
 リュックの叫びと同時に、カチンと耳障りな音が響いた。ムースとビスキュイとタルト生地を突き抜けて、フォークの先が勢いよくケーキ皿にぶつかったのだ。
 桜色のムースと黄金色に焼けた柔らかな生地の間から、クリームがふにゃりと顔を出す。
 串刺しにたケーキの一片を何に見立てているのか、リュックは額の真ん中にしわを寄せたままフォークを口元に運んだ。


 埠頭に程近い場所にあるカフェのオープンテラス。たまたまルカにいた友人二人を呼び出し、先ほどから彼女が熱弁をふるうのにはもちろん理由がある。その理由というのが…


「用意して外で待ってたらちっとも来ない上に、約束の時間を30分も過ぎて部屋から出てきて、アイツ何て言ったと思う?」
 怒りの収まらないまま、リュックはキッと視線を上げた。
「謝るどころか、『 来たなら、声かけろよ。』だって〜。」

 本人にとってしごく重大でかつ正当性を持っている問題が、万人にとって必ずしもそうだとは言い切れない。
 いわゆる犬も食わない何とかである。

 それ故に、スフィア通信で急に呼び出されたユウナ本人はともかく、付き合わされたティーダの機嫌は上々とはいえなかった。

 一通りまくしたてて喉が渇いたのか、リュックは傍らのグラスを引っ掴んだ。アイスティーのストローをくわえた彼女に、ティーダは冷めた調子で返した。
「あいつどうせ夢中になって時間を忘れてたんだろ?だったら部屋まで呼びに行けば」
「なーんであたしがそこまで面倒見なくちゃいけないの!?」
 相手の言葉を途中でぶった切り、リュックは噛み付かんばかりの勢いで反論を始めた。
「いつもいつもマキナ触り始めると他の事なんか見向きもしないであたしのことも放ったらかしで。あたしが何でそこまで譲歩しなくちゃいけないの!?」
「だからってオレに当たるなっつーの。」
「はいはい、二人ともそこまで。」
 ユウナは両手を開いて、剣呑になりつつある会話に割って入った。
「私から見たら、ギップルさんはリュックのこと、とっても大事にしてると思うよ。」
 まだぷりぷりと怒っている従妹ににっこりと笑いかけながら、ユウナは諭す。
「リュックなら自分のこと分かってくれるって安心してるから、作業に没頭しちゃうんじゃないかな。」
 おっとりと続けられた言葉に納得しきれないのか、リュックは口をとがらせた。
「そんなのずるいよ!あたしとマキナ、どっちが大事なわけ?」
 仏頂面のままコーヒーをすすっていた青年は、これを聞いて大げさに肩をすくめた。
「そんなん比べるリュックのほうがおかしいって。」
 乙女の悩みを一刀両断しておいて、恋人の目配せにも構わずティーダは続ける。
「オレにユウナかブリッツか、どっちか選べって言うようなものッス。」
「どっちか選べって言われたら、チイはどうするのさ。」
 睨みつけるようにして迫ったリュックを、不敵な笑みが軽くいなした。
「オレからブリッツ取り上げられると思う?」
 エースの貫禄にひるんだところへ、
「それにさ、あー…。」
 後ろ頭をかいて言いよどんだ後、彼の口から出たのは別の意味で最強な一撃。
「ユウナは、ブリッツ馬鹿なところも許してくれてるからさ。」
 照れながらぼそりと、でも確信に満ちた笑顔で付け加えたのだ。

「あっそ…。そこまで堂々とノロけられると、ツッコむ気も失せるよねえ。」
 毒気を抜かれたリュックは、そのまま黙ってしまった。

 別にあたしだって、あいつが好きなことに打ち込むのを邪魔したいんじゃない。
 でも…
 好きだから、自分のほうを向いて欲しいと思うのは、おかしいこと?
 
「それってさ、何かやっぱりずるくない?…」
 ふわふわとなびく明るい金髪が、しゅんとうなだれる。苦笑して口をつぐんだ青年は、恋人に目配せで助けを求めた。 

「あのね、リュック。」
 森と水の色をした瞳が、傷心の少女をいたわるように笑いかけた。
「水か空気かどっちか我慢しろって言われたら、生きていられないよね?きっとそれと同じだと思うんだ。」
 心なしか涙に潤んだ瞳は、磨き上げたエメラルドを連想させた。
「そんなもんかなあ。」
「うん、どっちも大事で比べられないんじゃないかな。きっと。」
 再び黙って俯いた少女に肩を寄せるようにして、恋の先輩はそっと耳打ちした。
「いつだって、ずるくて勝手で甘えん坊なんだから。お互いほんと困るよね。」

 おずおずと見上げたグリーンアイズが、一瞬の間を置いて三日月形に笑んだ。


 ぷっと吹き出したリュックと顔を見合わせ、ユウナもくすくすと声を立てる。
「何だよ二人して。」
 内緒話の輪から外された上意味ありげな視線を二人から受けて、頬杖をついていたティーダは片眉を跳ね上げた。
 ころころと笑いあう少女二人の声が、ハーモニーを奏でた。
「ふふ。な〜いしょっ。」





 
 リュックを送るために向かったミヘン街道の入り口には、既に迎えが到着していた。
「連絡受けて驚いたぞ。まさかルカまで来てたとはな。」
 新型の二人乗りホバーにもたれかかった長身の男は、随分と待ちくたびれた風情だった。

 銀に近いブロンドを逆立て、眼帯がトレードマーク、マキナ派リーダーその人だ。
 いざとなると気まずいのか、リュックはユウナの陰に隠れるようにして縮こまっている。それに気が付かない振りをして、彼は続けてティーダとユウナに話しかけた。
「よう、世話になったな。」
 青年の口調は相変わらず軽かったが、感謝の気持ちが充分にこもっていた。黙って笑顔で返したティーダは、スピラでは初めて見る形の乗り物に近寄った。
「へえ、これがこの前言ってた2シーターのホバーか。完成したんだな。」
「ああ、浮力の調整に手間取って長距離テストを一人でやるはめになった。」
 そう言ってギップルは、行動半径の広い恋人をちらりと眺めやった。当の本人は相変わらずユウナを盾にしてそっぽを向いている。
「早く完成させたいからってさあ、」
 腕組みしたまま、ティーダは悪友に向かって顎をしゃくった。
「それで隣に乗せたい相手を怒らせてたら、意味ないっつーの。」
「うるせえよ。お前こそユウナ様泣かせてんじゃねえぞ。」
 ぬぬっと顔を突き出したギップルに、ティーダも負けじと指を突きつけた。
「あ、またそーいう根も葉もないことを言うかよ。恩人に向かって。」
 残った片目を軽くすがめ、それからふんと笑って彼は降参のポーズをとった。
「今日の借りはつけといてくれ。そのうちに返す。」

 手を後ろで組み、二人のやり取りを微笑ましげに見守っていたユウナは、肩越しに声をかけた。
「あのね。ギップルさん、私が連絡した時にはもうリュックを探しに出かけてたんだって。」
 少女の瞳に浮かぶ鮮やかな緑色の螺旋が、ちょっぴり面映げな様子を映し出した。二方向から三対の視線を受けて、アルベドの青年はコホンと咳払いをした。
「あー、そろそろ帰るとするか。リュック、行こうぜ。」
 のろのろと歩み寄ってきたリュックの髪を、ギップルの大きな手がくしゃくしゃと撫でた。
「…悪かったな。」
「な、何すんのよー!」
 何に対しての謝罪かはどうでもよかった。もう自分が何に対して怒っていたのかさえ、よく分からなくなっていたから。
 驚きと気恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになったまま、リュックは手足を無意味にばたつかせた。
「だけどなお前、あんまり心配させんなよ。」
「だってだって、ギップルが悪いんだからね!」
 勝気な少女の声はすっかりいつもの元気を取り戻していた。語尾にほんの少しだけ混じる甘えた調子は、お互いにだけ分かる秘密の信号。
 固かった男の表情が、人懐っこい笑顔に取って代わった。


 オレンジ色の長いマフラーが、ミヘンの晴天にひらりと舞う。
 リュックは弾むように身軽な仕草で、恋人の隣に乗り込んだ。
「あれリュック、マキナは恋敵じゃなかったのかよ。」
 揶揄を飛ばしたティーダに、助手席の彼女は飛び切りのあっかんべーを見舞った。

「邪魔したな。」
「ありがと。また来るね。」
 溢れるような笑顔で手を振る少女に、見送る二人は少しだけ苦笑混じりに返す。 




 軽いエンジン音と共にホバーは滑り出し、見る間に地平線の向こうへと小さくなっていった。


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何だこれは、とおっしゃられても困りますが。一応ギプリュのつもりで書いたらしいですよ。
どさくさに紛れてティーダのエースオブブリッツが炸裂してるっぽいですけど。

(04.05.30.初出 Written by どれみ)

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