10. 歌う人



「みんな、元気ないね」
 少しハスキーなアルトが、呟く。

 都市の雑踏を眺めていたレンは艶やかなロングヘアをなびかせ恋人を振り返った。
「そりゃそうさ。ベベルは俺達を根絶やしにしようとしてる。もうすぐ全面攻撃が始まるっていう時に元気なほうがおかしい」
 紺碧の大海を思わせる瞳は、冷静というよりは皮肉なニュアンスを浮かべている。
 彼の冷淡な物言いが気に入らなかったらしく、彼女は柳眉を吊り上げて睨んだ。
「嫌な言い方。こういうときこそ希望を捨てちゃいけないのに」
 怒った顔さえなんて美しいんだろう。―――頭の隅でぼんやり考えながら、シューインは恋人の生気に溢れた瞳を見つめ返した。
「希望、か」

 ベルトウェイを運ばれるザナルカンド市民の顔は憂鬱に沈み、まるで葬列のようにも見えた。ごくたまに調子の外れた笑い声がドッと上がる。それが静まるとかえって白々しい騒ぎへの空しさがつのり、人々は一層陰気な顔つきになる。

 かつてマスコミによって正義が声高に叫ばれ戦争の正当化が行われた。狂乱にも似た高揚感に流されるまま機械都市同士で戦端が開かれてから久しい。
 お互いに持てる技術力の粋を尽くした戦闘がもたらしたのは、結局更なる絶望感だけだった。このままではお互いの都市どころか母なるスピラそのものが滅びてしまう――。誰もがそう感じながらも、誰一人として時代の奔流を止めようとする者はいない。
 人々は口をつぐんだまま退廃の淵に沈むことで、迫り来る死の恐怖を紛らわそうとしていた。


 俺にとっては、レンだけが全ての希望。
 世界を引き換えにしても、愛しい人だけを守っていたい。

 男の想いをまるで受け取ったかのように、女はあでやかな笑みを見せた。
「シューインが私を守ってくれる。だから私は何も恐くない」

 ついとベルトウェイを外れ、広場に立つ。
 後を追い慌てて飛び降りたシューインにイタズラっぽく目配せを送る。

 短いブレスの後、彼女は歌いだした。
 魂を癒す旋律が、広場いっぱいに溢れ広がる。

「レンだ」
「歌姫だ」
「レンが歌っているよ」

 まるで星の引力に引き寄せられる塵のように、人々は振り返り、歌声のするほうへ足を向ける。

 失われた希望を手繰り寄せ、彼女は歌い続ける。
 もしかしたらこれが、最後のステージかもしれない。漠然とそんな想いを抱きながら。
 優れた召喚士でもある彼女は、戦地へ赴くことを既に決めていた。



 たちまち人垣が出来、人垣は広場を埋め尽くし、歩道まで溢れ出た。このまま増え続ければ、なだれをうった人々が彼女を押しつぶしかねない。
 レンを守るため、男はすらりと長剣を抜き放った。
 研ぎ澄まされた白刃がよどんだ陽光を冷たく跳ね返し、群集の足を凍りつかせた。

 剣士に守られて、彼女は歌い続ける。

 歌が後から後から溢れ出て止まらない。
 再びザナルカンドの地を踏むことは、多分、もう、ない。
 もっと響かせたい。故郷の空に私の歌声を刻み付けるように。

 遠くでサイレンの音が聞こえた。
「レン、逃げるぞ!」
 歌い終わって口をつぐんだ歌姫に、振り向いた守護者(ガード)は叫んだ。
「出征までの貴重な時間を、治安当局で過ごすなんてごめんだ」
 彼女は未だトリップ状態のままでいる。その白い手を引き、走り出す。
「道を開けろ!」
 人垣を掻き分け、ベルトウェイへ向かう。
「後は任せろ!」
 どこかで上がった声が二人の背中を温かく押した。ベルトウェイを5メートルほど逆走して反対側に移った後、何食わぬ顔で治安部隊の兵士達とすれ違う。
 派手な広告塔の向こう、広場が遠目に見えた。まるで最初から騒ぎなどなかったかのように、人の波は既に引いていた。

 きらびやかなイルミネーションが次々と流れていく。肩で息をしていたレンは、ようやく顔を上げた。
「気が済んだかよ。全く無茶だな」
 仏頂面での文句に、満足そうな笑みが応えた。
「ありがとう、気持ちよかった」


「シューインがいつでも私を守ってくれるから……」

 夢見るように囁く彼女を、彼は思いのたけを込めて抱きしめる。
 このまま何処かへ連れ去ってしまいたい。
 ザナルカンドからもベベルからも届かない、何処か遠くへ。

 退廃の都が、そして誰もが失くしかけている瑞々しい魂の力。
 レンの存在そのものが、今は希望の光となって俺の行く手を照らしている。
 もしこの光が手の届かない所へ行ってしまったら、俺は死んでも自分を許せない。


 守り抜いてみせる。
 この光が永劫に失われることのないように、全身全霊をかけて守ることを誓う。


-FIN-
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幸せ100題なのに切な系だし!しかも「もう書かない」くらい言っていたのは誰でしたっけ、ねえ。
いわゆるゲリラライブというヤツですか。やっぱり歌といったら、レンかな。と。
ときにシューは何処から剣を出したんでしょう。永遠の謎ですが、それ追求するとティーダも困ることになるからやめときましょうね(笑)


(03/12/12初出 Written by どれみ)
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